舞踊評論家の渡辺真弓さんから3月公演ローラン・プティ振付「ノートルダム・ド・パリ」について寄稿を頂きました。
20世紀のフランスが生んだ名振付家ローラン・プティがこの世を去って9年。
『若者と死』や『カルメン』『アルルの女』『コッペリア』など多彩なバレエ作品を世に送り出し、その変幻自在の作風で、「舞台の魔術師」と称えられた。
牧阿佐美バレヱ団では、来年1月のプティ没後10年に因んだ「ローラン・プティの夕べ」を前に、大作『ノートルダム・ド・パリ』を4年ぶりに上演する。
この作品は、若くしてパリ・オペラ座を離れたプティが、久々に復帰して1965年に創作したもので、現在でも同バレエ団の重要な遺産として踊り継がれている。世界的にプティのバレエを上演できるバレエ団は限られているが、牧阿佐美バレヱ団は日本で唯一、この作品の上演を許可されている。こうして巨匠の名作に接することができることを歓迎したい。
パリのノートルダム寺院と言えば、先頃火災に遭ったのが記憶に新しい。この寺院は、パリのシンボルでもあり、文豪ヴィクトル・ユーゴーが長編小説の題材とし、そこからバレエ『エスメラルダ』が生まれた。
プティ版は、『アラビアのロレンス』などの映画音楽で知られる巨匠モーリス・ジャールが音楽を書き、イヴ・サン=ローランが衣裳デザインを担当するなど、最高のスタッフを集めて制作された。
意外なことに、バレエの主役は、ジプシー娘のエスメラルダでも、ハンサムな隊長のフェビュスでもなく、異形の鐘撞き男カジモドである。社会から疎外された弱者に光を当てた点でも、プティはバレエ界の先駆者だったと言えよう。
物語のエッセンスを取り出してドラマをまとめる手腕は天才的で、このバレエでも主要登場人物は、エスメラルダ、カジモド、フェビュス、フロロの4名のみ。各自のキャラクターがコントラスト鮮やかに描き出されたソロをはじめ、エスメラルダとカジモドの愛情の通い合うデュエット、エスメラルダとフェビュスにフロロの影がつきまとう宿命的なパ・ド・トロワなど、全2幕13場は、見どころにこと欠かない。
群舞の迫力も見逃せない。冒頭の衣裳の色彩が鮮烈だが、時に主人公達の味方にもなり、敵にもなるという謎めいた設定が、いかにもプティらしい。
今回カジモドを演じるのは、新進の元吉優哉。アスタナ・バレエ団のアイゲリム・ベケターエワ扮するエスメラルダを相手に、初演時のプティから歴代のスター達が演じてきたこの伝説の大役をいかに踊りこなすか期待は大きい。フェビュスには、アルマン・ウラーゾフが客演し、副司教のフロロには、バレエ団のトップ・スター清瀧千晴と昨年入団したばかりの水井駿介が交替で挑む。どんな化学反応が生まれることか、今から胸をときめかせて、幕が上がるのを待っている。