このところ遮断機の音が5カウント刻みに聴こえる。
いちにっさんしぃご、
にぃにっさんしぃご、、
さんにっさんしぃご、、、
ノートル脳、仕上がってきたな。
クラシックバレエの曲は大抵8カウントで区切ることができますが、「ノートルダム・ド・パリ」は特殊です。
第2幕、黒い群衆の踊りには、5ずつ数えるパートがあります。
打楽器の乱れ打ちが激アツすぎてカウントが分かりづらいので、かなり意識的に数えます。
それがリハーサルを重ねるにつれ身体に染み込み、ついには日常へと染み出してくるのです。
第1幕の冒頭、狂民たちの踊りには7・9・9・5のカウントで振りがついています。
他の場面にも5と7と9のリズムが頻繁に出てきます。
不規則なようで規則性があり、だんだん心地よくなってくる。不思議なものです。
くり返し出てくるエスメラルダのタンバリンのリズムも然り。
フロロを苦しめる煩悩と同じように、我々の耳奥にこびりつき、ちょっとしたトランスを引き起こします。
これが作曲家モーリス・ジャールの魔力でしょうか。
1965年、一流のクリエイターが集結してつくられたバレエ「ノートルダム・ド・パリ」。
お衣裳は、あのイヴ・サン=ローラン。
なんという贅沢。
お衣裳を着こなしてください
と、三谷先生もよくおっしゃいます。
舞台に立つ者にとって、衣裳の効果を最大限に引き出すことは務めのひとつであり、永遠の課題でもあります。
バレエ団の公演では、劇場入りして初めてお衣裳や装飾品をつけることがほとんどです。
本番1・2日前からおこなわれる場当たり、舞台リハ、ゲネプロを経る間に、本番通りの装備で力を発揮できるよう確認し、練習します。
たとえば、
お衣裳の生地によっては振り回されやすかったり、可動域が狭まったり。感覚がかなり変わります。
床に座る振付けがあれば、立つ際にスカートを踏まないよう特に注意が必要です。自分のも、他人のも。
自前以外のシューズで踊る場合も同じです。
キャラクテールに多く用いられるブーツや、村人役のシューズ、貴族役のヒールなども、バレエ団で受け継がれてきたものを履きます。
まずはシューズに慣れること。
それから、紐の締め具合の調整、靴下で厚みを出すetc...
時間の許す限り、できるだけの工夫をします。
あとは、やるしかない。
ただ一度だけ
これは無理だ。
どうしようもない。
本気で無理。
役を降りなければならないのか。
"やるしかない精神"が通用しないくらい、ピンチに陥ったことがありました。
それは2016年。ノートルの貴族。
帽子がとんでもなく重たいのです。
そもそも、足元は20センチ?30センチ?
ウエッジソールの厚底ブーツ。転びでもしたら立ち上がれない。
お衣裳は、裾を引きずるタイプ。これは重心をとられるほどではないけれど。
なんといっても帽子が。
重くて、大きくて、重くて重くて、まったく首が座らず、支える手がどうしても離れない。
これでこの靴で歩くなんて。
狂民たちのシーンへと切り替わるタイミングで裾がちょうど舞台から見切れるよう計算しつつ一定の速度で歩く、だなんて。
重みで目もまともに開かない。
幕開き早々この格好でバランスを崩したら………
この舞台のShow must go onは叶わないだろう…………
どのようにして役を果たすに至ったのか。記憶がありません。
スタイリッシュなお衣裳を身に纏い、物語がはじまる場面で歯車のひとつとなれたことは、ダンサー冥利に尽きる特別な経験だった。
そう言える日が来てよかったです。
どんなに素敵なお衣裳も、
着こなしてこそ
なのですよね。本当に。
2年前にコロナ禍の影響で公演中止となった本作品。
いわゆるクラシックバレエとは異なる世界観にまだ触れたことのない方にこそご覧いただきたいです。
ローラン・プティのエスプリを感じに、ぜひ劇場へいらしてください。
1階席は臨場感たっぷり。今回は生のオーケストラ演奏なので一層の迫力です。
2階以上のお席では、ルネ・アリオの手掛けた装置、ジャン=ミシェル・デジレの照明デザインをご堪能いただけます。
初めて立つ東京文化会館。
牧阿佐美バレヱ団、2022年初公演。
待ちに待った幕開けです。
竹石玲奈